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フレンチポリネシアの歴史 »幸せの歴史のアルバム



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幸せの歴史のアルバム


⑤【歴史はウェディングとハネムーンの島へ】

 1957年。フランスの手に落ちたこのポリネシアの島々は、あわせて「フレンチポリネシア」と命名されました。現在あるウェディングと新婚旅行の島々は、地球の奇跡という美しき世界に、ポリネシア人やヨーロッパ人という様々な人間の手が混ざり合うことでできあがっていったのです。

 1958年に行われた住民投票では、多くのポリネシアの住人は、自らの世界のフランスからの「独立」を選びませんでした。長い歴史の中で作られていった、彼らの心にある楽園の平和は、もうこれ以上の変化を望まなかったのかもしれません。こうして、再び落ち着きを取り戻したポリネシアの地に、しだいにかつての平和が訪れつつありました。

 しかし、1963年には、この地球の美しさが育まれた世界に、人間の負の遺産とも言うべきものが持ち込まれてしまいます。ガンビエ諸島にフランスの核実験施設が開設され、1966年には核実験が行われたのです・・・タヒチ・・・ボラボラ島のパノラマ このタヒチには、現在多くの幸せが集まっています。世界中から訪れる多くのハネムーンカップル。ウェディングカップル。そういった幸せに包まれたたくさんの人たちによって、一時暗い時代に飲み込まれたこの世界にも再びかつての楽園の輝きが蘇りました。

 「幸せ」は、そのようなカップルたちがタヒチからもらっているだけではなく、タヒチという世界もカップルたちから多くの「幸せ」を吸収しているのかもしれません。そうして、今後もこの楽園の島々は、カップルたちと多くの幸せを提供しあいながら時の歩みを進めていくのでしょう。

 現在、タヒチには大幅な自治が認められています。かつて負の遺産を持ち込んだフランスも、今やポリネシア独自の意見反映に積極的に努め、美しい世界を維持していこうとしています。しかし、現実に目を向けると、水面下で独立を求める運動も少なからず起こっているのは事実です。ただ、ポリネシアにおける人間の世界が今後どのような方向に進もうとも、そこにある地球の美しさの結晶は、100年後も200年後も守られなければなりません。

 そして、タヒチで今後作られていく歴史は、世界中の人たちの幸せのウェディングやハネムーンによって塗り重ねられていくはずです。

 タヒチから幸せをもらいに、そしてタヒチへ幸せのエネルギーを与えに・・・タヒチの歴史のアルバムに、あなたの幸せな人生の1ページを描いていきましょう。


 ①~⑤に分けてお伝えしたフレンチポリネシアの歴史は以上で終了です。

タヒチ ポリネシア ウェディング ハネムーン フランス 歴史 幸せ



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ボラボラ結婚式


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