HOME  »スポンサー広告 »スポンサーサイト

フレンチポリネシアの歴史 »失われたタヒチ島と楽園の島々



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


失われたタヒチ島と楽園の島々


④【ポリネシア王朝の最期】

 ヨーロッパ人によってポリネシアの神々が封印され、キリスト教化が進められていた頃・・・タヒチ島など数々の首長国が乱立するポリネシアにおいて、ポリネシア人のトゥが全島統一を果たします。そして1797年、ポマレ朝を興した彼はポマレ1世として即位しました。

 そこから18年が経ち、時は彼の後を継いだポマレ2世の時代・・・彼は、かつてポリネシアの神々を破壊した宣教師たちの力を借り、近隣諸国への侵攻を始めます。この頃には、かつて地上の楽園といわれた世界は既に失われつつあり、人間が争い、そして乱れるという、楽園の島々にはあるまじき空気が生まれていました。ヨーロッパ列強との勢力争いに巻き込まれるポマレ朝。そのような状況の中で2世は倒れ、時代は次の世代へと移っていきます。

 1842年・・・歴史は大きく動きます。1500年も続いたポリネシア人の地上の楽園が、ついにヨーロッパの国の支配となる時がきました。はじめにタヒチ島とモーレア島がフランスの保護領となり、続いてマルケサス諸島の覇権も失うこととなりました。当時の女王ポマレ4世は、イギリスを支持することで王朝の立て直しなどを図るものの、結局全てが裏目となりこのような事態を招いてしまったのです。

 音を立てて崩れていくポリネシアの王朝・・・そして、ヨーロッパという刻印が押されていく島々・・・もはやその流れは止められませんでした。

 1880年、王朝はとうとう消滅し、ポリネシアの主権はフランスへと移されました。ポマレ朝最後の王は、ポマレ5世でした。

 フランスに説き伏せられての降伏。かつて大海原を散り、楽園の島々を作り上げ、地球という大自然とともに歩んできたポリネシア人による世界は、フランスというヨーロッパのたった一国によって幕を閉じたのです・・・

タヒチ ポリネシア フランス ポマレ



borabora

ボラボラ結婚式


ソーシャルブックマークは、お気に入りをWEBに保存できるサービスです。
もし、当サイトや各記事を気に入っていただけたら、トップページか各記事のページにて、下のボタンのどこかをお選び下さい。そのサービスの会員ならすぐに、まだ会員でない方も、会員登録(無料)をしてからブックマークの保存ができます。便利ですので、是非ご利用下さいね。



当サイトは、タヒチ関連・ウェディング関連の相互リンクをしていただける方を募集しています。
ご希望の方は、まず当サイトのトップページのリンクを貼っていただいた上で、①貴サイトURL②貴サイト名③メールアドレスなどを添えて、問い合わせメールの方までご一報下さい。
当サイトのタイトルは、【タヒチウェディングと新婚旅行 -感動の島タヒチ・ボラボラ-】です。長ければ、【感動の島タヒチ・ボラボラ】でも構いません。
また、バナーを貼っていただける方は、問い合わせメール下部のバナーをご使用下さい。
紹介文は、【お2人の幸せのオープニング、タヒチでのウェディングと新婚旅行について、たくさんの魅力をお伝えしています。】でお願いします。
尚、レイアウトの都合上貴サイトの紹介文は省かせていただきますのでご了承下さい。

RSSとは、登録(もちろん無料です)していれば、下のボタンを押すだけでサイトの記事等が更新された際に、ニュース速報のように知らせてくれるシステムです。代表的なものに、Yahoo!さん、Googleさん、エキサイトさんなどがあります。
詳しくはこちら→RSSとは?

問い合わせ先のアドレスです。

Mail

タヒチウェディングと新婚旅行 -感動の島タヒチ・ボラボラ-

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。