HOME  »スポンサー広告 »スポンサーサイト

フレンチポリネシアの歴史 »バウンティ号事件と神々の崩壊



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


バウンティ号事件と神々の崩壊


③【踏みにじられる楽園と神々】

 地上の楽園は、そこに住む住人の心からも溢れ出ていました。地平線の向こうから突然現れた異国の住人・・・その後彼らの生活を脅かすことになるヨーロッパ人を、彼らポリネシア人は温かい心で迎え入れました。しかし・・・この寛容さが後に仇を産むことになってしまうのです。

 遠く離れたヨーロッパ。ここではその頃、「大地と海原の果てには、本当に地上の楽園が存在し、そこには争いもない平和な住人が存在している」という噂が広まり始めていました。

 1788年、イギリス艦バウンティ号が、タヒチに到着します。これが、楽園ポリネシアに暗雲が立ち込めてきたことを表す1つの事件のきっかけとなりました。バウンティ号の目的は、タヒチからパンノキを採集し、これを西インド諸島へ移植、そして黒人に安い食料を与えるということでした。ところが、この採集による長い係留中に、楽園タヒチ島での生活に幸せを感じた隊員の中から、「この地に留まりたい」と思うものが出始めたのです。

 その後、予定作業を終え、タヒチ島を出航したバウンティ号。そして、船が現トンガ周辺に差し掛かった頃・・・結集した者達がついに行動を起こします。バウンティ号のキャプテン・ブライ以下19名を反乱により追放したのです。そして彼ら反乱派はその後、オーストラル諸島のツブアイ島に上陸、その後タヒチ島へと戻ります。

 これだけ聞けば・・・ある意味いい話なんじゃないの?と思うかもしれません。ですが、この事件はバウンティ号事件として有名な事件であり、詳しく見ていくと、一連の流れの中で数名の死者、あるいは反乱派には裁かれて死刑となったものもおり、それまで平和の楽園だったポリネシアに、暗い影を落とすことになったのです。

 そして、このような楽園を踏み荒らすような出来事によって、地上の楽園に住むポリネシア人の心にはしだいに影が差し始めました。そしてさらに・・・

 1797年、1838年に訪れたヨーロッパの宣教師団。彼らによって、ポリネシア伝統の信仰や習慣は酷く扱われ、しまいには土着の宗教神殿マラエまでをも破壊されてしまいます。それまで守り続けられてきたポリネシアの信仰が一気に崩れ去り、ヨーロッパ人によるキリスト教化が進められていくのです・・・そして、ヨーロッパ列強による楽園ポリネシア支配の手は、すぐそこまで迫ってきていました・・・

タヒチ ポリネシア バウンティ号事件 歴史



borabora

ボラボラ結婚式


ソーシャルブックマークは、お気に入りをWEBに保存できるサービスです。
もし、当サイトや各記事を気に入っていただけたら、トップページか各記事のページにて、下のボタンのどこかをお選び下さい。そのサービスの会員ならすぐに、まだ会員でない方も、会員登録(無料)をしてからブックマークの保存ができます。便利ですので、是非ご利用下さいね。



当サイトは、タヒチ関連・ウェディング関連の相互リンクをしていただける方を募集しています。
ご希望の方は、まず当サイトのトップページのリンクを貼っていただいた上で、①貴サイトURL②貴サイト名③メールアドレスなどを添えて、問い合わせメールの方までご一報下さい。
当サイトのタイトルは、【タヒチウェディングと新婚旅行 -感動の島タヒチ・ボラボラ-】です。長ければ、【感動の島タヒチ・ボラボラ】でも構いません。
また、バナーを貼っていただける方は、問い合わせメール下部のバナーをご使用下さい。
紹介文は、【お2人の幸せのオープニング、タヒチでのウェディングと新婚旅行について、たくさんの魅力をお伝えしています。】でお願いします。
尚、レイアウトの都合上貴サイトの紹介文は省かせていただきますのでご了承下さい。

RSSとは、登録(もちろん無料です)していれば、下のボタンを押すだけでサイトの記事等が更新された際に、ニュース速報のように知らせてくれるシステムです。代表的なものに、Yahoo!さん、Googleさん、エキサイトさんなどがあります。
詳しくはこちら→RSSとは?

問い合わせ先のアドレスです。

Mail

タヒチウェディングと新婚旅行 -感動の島タヒチ・ボラボラ-

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。