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フレンチポリネシアの歴史 »楽園の島タヒチに訪れる冷風



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楽園の島タヒチに訪れる冷風

②【楽園に冷ややかな風が吹き始める】

 3~4世紀。ついに至上の美しき世界に腰を下ろし、ライアテア島やボラボラ島などに住み着いたモンゴロイドたち。

 彼らはその後、ライアテア島を中心としてその文化圏を広げていきます。そして彼らの子孫たちの一部は、更なる航海により、ニュージーランド、そして遠くハワイなどへと散っていったのです。そうして14世紀頃までには、ライアテア島と中心とする一大ポリネシア文化圏が築かれていきました。

 現在、私たちは海をひと越えすれば、その楽園の地を踏むことができますが、彼らはこうも長い年月をかけて未知なる世界を発見していったのですね。その度に多くの命が大海原へと消えていったのでしょうが、その歴史の結晶がこのポリネシアのブルーの世界に広がっているのだと思います。

 さて、こうした長きの旅で地上の楽園を築いていった彼らにも、やがて時代の大嵐に飲み込まれる時が訪れます。16世紀頃になって、多くの異人たちがこの温かい空気に包まれた大海原を航行するようになったのです。それは・・・スペインやポルトガルなどの西洋人たちでした。彼らがこの地を発見したときのような頼りないカヌーなんかではなく、それまでに見たことのなかった大きく堂々とした乗り物で。そこから先、楽園ポリネシアには、西洋人たちの歴史が幾重にも交わっていきます。南太平洋マップ
1559年・・・スペイン人のメンダーナがマルケサス諸島を訪れる。
1606年・・・ポルトガル人のキロスがツアモツ諸島を訪れる。
1767年・・・イギリス人のキャプテン・ウォリスが初めてタヒチ島を訪れる。
1768年・・・フランス人のキャプテン・ブーゲンビルがタヒチ島を訪れる。
1769年・・・かの有名なイギリス人のキャプテン・クックが、王立地理学会の者たちとともに、金星の太陽面通過を観測するためにタヒチ島を訪れる。


 このようにして、タヒチ島を中心としたポリネシア文化圏一帯に、見慣れぬ多くのヨーロッパ人たちが現れたのでした。

 なぜこうも頻繁に彼らが訪れるようになったのか・・・それは、彼らヨーロッパ人の中で、大海原を越えた先に存在するとされる「未知なる南方大陸」には、巨万の富が眠っている・・・と信じられていたからなのです。

タヒチ ライアテア島 ポリネシア 歴史



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